- 2009-09-08 02:29:17
- 「まだ、子どもだね」
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カテゴリタグ: ナースのひとりごと
看護学科に入学してしばらくは、社会学や倫理学、英語、ドイツ語のような一般教養科目や、栄養学や生化学、生理学、解剖学といった基礎的な専門科目の授業がほとんどでした。ですから、今ひとつ看護学科に入学したのだという実感がありませんでした。
そのような中ではじめて看護の勉強をしているんだな、と実感したのが看護技術の時間でした。看護技術は講義と実習があり、まず講義から始まりました。
初めての看護技術の講義の日、担当の助教授(今だったら准教授というのでしょうか)の先生が、看護学科全員の顔を見渡して「あなたたちは、まだ子どもだね」と言いました。「三年生を見てごらん。しっかりした大人の顔してるでしょう」と続けて言われました。
そのときの気持ちを何と言えばよいのでしょうか。皆は「ひえーーっ」という表情をしていたんじゃないかと思います。私は、ぱんっと顔を叩かれたような気分でした。実際に、臨床実習をしている三年生と入学したての一年生は、表情が全く違っていたのだと思います。私は白いリボンを頭につけていたので、その先生に「そこの白いリボンを付けた、お嬢ちゃん」などと言われたこともありました。本当に幼く見えたのだと思います。
この看護技術の授業で言われた言葉は今でも覚えています。「現象だけを見て判断しない。現象を真実レベルまで高めること。そうでないと適切な看護はできない」「技術とは、科学的根拠に基づいた技能である。つまり看護技術は科学的根拠に基づいて行われなければならない」
あとは「バタバタ看護師にならないでね」「看護師は美的感覚を持たなければダメ」などと、言われたこともありました。
その頃は「そうなのかあ」と実感が持てないでいたのですが、就職してから先生の言葉をふっと思い出すことがありました。処置のときに、「あ、あれを忘れた」とバタバタと落ち着きのないことをしては、「あー、今、バタバタ看護師になってるなあ」と思ったり、シーツ交換をするときに「美的感覚、美的感覚」と頭の中で唱えたりしていました。
でも、一番心の中に残っているのは「まだ、子どもだね」という言葉ですね。初心忘するべからずなんて言葉より、よっぽどインパクトがありました。今でも、その言葉を言われたときのことを思い出すと、上手く言えないのですが神妙というか謙虚な気持ちになります。
(執筆者|元民間病院の看護師)
そのような中ではじめて看護の勉強をしているんだな、と実感したのが看護技術の時間でした。看護技術は講義と実習があり、まず講義から始まりました。
初めての看護技術の講義の日、担当の助教授(今だったら准教授というのでしょうか)の先生が、看護学科全員の顔を見渡して「あなたたちは、まだ子どもだね」と言いました。「三年生を見てごらん。しっかりした大人の顔してるでしょう」と続けて言われました。
そのときの気持ちを何と言えばよいのでしょうか。皆は「ひえーーっ」という表情をしていたんじゃないかと思います。私は、ぱんっと顔を叩かれたような気分でした。実際に、臨床実習をしている三年生と入学したての一年生は、表情が全く違っていたのだと思います。私は白いリボンを頭につけていたので、その先生に「そこの白いリボンを付けた、お嬢ちゃん」などと言われたこともありました。本当に幼く見えたのだと思います。
この看護技術の授業で言われた言葉は今でも覚えています。「現象だけを見て判断しない。現象を真実レベルまで高めること。そうでないと適切な看護はできない」「技術とは、科学的根拠に基づいた技能である。つまり看護技術は科学的根拠に基づいて行われなければならない」
あとは「バタバタ看護師にならないでね」「看護師は美的感覚を持たなければダメ」などと、言われたこともありました。
その頃は「そうなのかあ」と実感が持てないでいたのですが、就職してから先生の言葉をふっと思い出すことがありました。処置のときに、「あ、あれを忘れた」とバタバタと落ち着きのないことをしては、「あー、今、バタバタ看護師になってるなあ」と思ったり、シーツ交換をするときに「美的感覚、美的感覚」と頭の中で唱えたりしていました。
でも、一番心の中に残っているのは「まだ、子どもだね」という言葉ですね。初心忘するべからずなんて言葉より、よっぽどインパクトがありました。今でも、その言葉を言われたときのことを思い出すと、上手く言えないのですが神妙というか謙虚な気持ちになります。
(執筆者|元民間病院の看護師)
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br>引用時には、引用目的と引用部分、取り扱い方をお知らせください。
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- 2009-09-02 20:00:39
- なぜ看護師になろうと思ったか
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カテゴリタグ: ナースのひとりごと
「なぜ看護師になろうと思ったか」という質問は、様々な場面でされます。特に学生の頃は他学部の友人によく聞かれました。私の場合は、母に「女の人が仕事を続けていくには資格があった方がいいよ」と、繰り返し言われてきたことが大きかったと思います。
もちろん中には「人の役に立つ仕事をしたかった」とか「とにかく小さい頃から看護師になりたかった」という人もいます。でも私が行っていた学校では、「四年制の大学に落ちたから」とか「すべり止めがここだったから」なんていう同級生もけっこういました。最初は、そういう同級生に対して「え~」なんて思いましたが、実は最初から「看護師になりたい!」と理想に燃えている人よりも、何となく看護師になってしまった人の方が長続きしている場合もあります。逆に理想に燃えていた人の方が看護師を辞めてしまう、ということもあります。
私自身は、最初に書いたように経済的に自立できるという理由で、看護系の学校を選んだので、そんなに理想に燃えていたわけではありません。でも、学校での勉強や実習を通して看護の面白さや奥深さを知ることで、少しずつ看護師っていいかもと思うようになったような気がします。
学校に入学する前に持っていた看護師に対するイメージは、授業や実習を通して徐々に変わっていきます。ただ人の役に立ちたいから、というだけではなく、患者さんに必要な看護とは何かということを考えなくてはいけないのだと思うようになります。就職してからも看護に対する考えは少しずつ変わっていきますが、やはり学校で学んだことが基盤になっていると思います。
「なぜ看護師になろうと思ったか」という理由は何でも良いような気がします。それは、看護の道に入るきっかけにすぎないのではないか、と思うからです。私は、看護を学んで、その奥深さや面白さを知れば知るほど、これで正解ということはないのだなあと思うようになりました。それは、看護師という仕事が人を相手にする仕事だからだと思います。そして看護者自身が人生経験を積むことによって、看護に対する考えは変わっていくのだろうと思います。
(執筆者|元民間病院の看護師)
もちろん中には「人の役に立つ仕事をしたかった」とか「とにかく小さい頃から看護師になりたかった」という人もいます。でも私が行っていた学校では、「四年制の大学に落ちたから」とか「すべり止めがここだったから」なんていう同級生もけっこういました。最初は、そういう同級生に対して「え~」なんて思いましたが、実は最初から「看護師になりたい!」と理想に燃えている人よりも、何となく看護師になってしまった人の方が長続きしている場合もあります。逆に理想に燃えていた人の方が看護師を辞めてしまう、ということもあります。
私自身は、最初に書いたように経済的に自立できるという理由で、看護系の学校を選んだので、そんなに理想に燃えていたわけではありません。でも、学校での勉強や実習を通して看護の面白さや奥深さを知ることで、少しずつ看護師っていいかもと思うようになったような気がします。
学校に入学する前に持っていた看護師に対するイメージは、授業や実習を通して徐々に変わっていきます。ただ人の役に立ちたいから、というだけではなく、患者さんに必要な看護とは何かということを考えなくてはいけないのだと思うようになります。就職してからも看護に対する考えは少しずつ変わっていきますが、やはり学校で学んだことが基盤になっていると思います。
「なぜ看護師になろうと思ったか」という理由は何でも良いような気がします。それは、看護の道に入るきっかけにすぎないのではないか、と思うからです。私は、看護を学んで、その奥深さや面白さを知れば知るほど、これで正解ということはないのだなあと思うようになりました。それは、看護師という仕事が人を相手にする仕事だからだと思います。そして看護者自身が人生経験を積むことによって、看護に対する考えは変わっていくのだろうと思います。
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- 2009-08-19 20:52:41
- 『おくりびと』を見ました
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カテゴリタグ: ナースのひとりごと
事前にレビューを読んでいたので、ストーリーは何となく想像がついていたのだけれど、見にいってよかったと思える映画でした。 納棺師という職業は初めて知りました。何となく葬儀屋さんがするのかなあと思っていました。
看護師をしていた頃、何度も死後の処置をする機会がありました。外来勤務になったとき、「外来では死後の処置はしないだろう」と思っていたのだけれど、その予想は見事に外れました。
死後の処置とは、亡くなられた方の体をきれいにして、衣服を整えたりすることです。病院によってはエンゼルケアとも言います。ただ、エンゼルケアというと、亡くなられた方の尊厳を守るための、エンゼルメイク(死に化粧)や家族の方へのケアも含めたものだという考えが私の中にはあります。実際には、そこまでできていなかったという思いがあるので、ここでは死後の処置という表現にしました。
田舎の病院なので、救急専門外来はなく救急対応は各科でしていました。内科外来は、救急対応が多い科で、心肺停止状態で搬送されそのまま亡くなる方が多くいました。そのため死後の処置をする機会も多くなります。『おくりびと』を見たかった理由の一つに、自分たちが送り出した後が気になっていた、というのがあります。
私は病院から歩いて10分位のところに住んでいました。冬の日の朝、出勤前に救急車のサイレンが聞こえると、「ああ、自分の科かなあ。違うといいなあ。」と思いながら出勤しました。病院に着き更衣室で着替えて外来に向かうと、事務の人が「内科さん、救急車きてますよ」と言います。すぐに救急処置室に向かうと医師が心マッサージをしている。こういうことは、よくありました。
朝一番の仕事が死後の処置というのは、やはり憂うつになります。それは、「死」に対していろいろ考えてしまうからです。人間はいつか死ぬのだという当たり前のことを、私たちは普段あまり意識しません。でも、やはり亡くなられた方を前にすると自分自身の「死」についても意識せざるを得なくなります。
『おくりびと』では山崎努、本木雅弘が演じる「納棺師」の冷静でありながら、亡くなられた方や遺族に対する温かさみたいなもの(よい言葉が思いつかない)が印象に残りました。
私自身、ご遺族に対して冷静さを保ちながら、冷たさを感じさせないような対応はできるんだろうか、と悩んだことがあります。病棟で亡くなられた場合は、それまでの経過の中で家族の方とのかかわりもあるのですが、救急車で運ばれてそのまま亡くなられる場合は、いきなり御遺体と対面するような感じがありました。病院に付き添ってこられた家族の方の様子を見ながら対応するのですが、家族の方とも初めてお目にかかることが多いので、悩みながら対応していました。
『おくりびと』に出てくる納棺師の所作は本当に美しいものでした。落ち着いた美しい所作は、遺族に安心感を与えるのだろうと思いました。死後の処置は遺族の方のための処置でもあるのだという思いを改めて強く持ちました。
(執筆者|元民間病院の看護師)
看護師をしていた頃、何度も死後の処置をする機会がありました。外来勤務になったとき、「外来では死後の処置はしないだろう」と思っていたのだけれど、その予想は見事に外れました。
死後の処置とは、亡くなられた方の体をきれいにして、衣服を整えたりすることです。病院によってはエンゼルケアとも言います。ただ、エンゼルケアというと、亡くなられた方の尊厳を守るための、エンゼルメイク(死に化粧)や家族の方へのケアも含めたものだという考えが私の中にはあります。実際には、そこまでできていなかったという思いがあるので、ここでは死後の処置という表現にしました。
田舎の病院なので、救急専門外来はなく救急対応は各科でしていました。内科外来は、救急対応が多い科で、心肺停止状態で搬送されそのまま亡くなる方が多くいました。そのため死後の処置をする機会も多くなります。『おくりびと』を見たかった理由の一つに、自分たちが送り出した後が気になっていた、というのがあります。
私は病院から歩いて10分位のところに住んでいました。冬の日の朝、出勤前に救急車のサイレンが聞こえると、「ああ、自分の科かなあ。違うといいなあ。」と思いながら出勤しました。病院に着き更衣室で着替えて外来に向かうと、事務の人が「内科さん、救急車きてますよ」と言います。すぐに救急処置室に向かうと医師が心マッサージをしている。こういうことは、よくありました。
朝一番の仕事が死後の処置というのは、やはり憂うつになります。それは、「死」に対していろいろ考えてしまうからです。人間はいつか死ぬのだという当たり前のことを、私たちは普段あまり意識しません。でも、やはり亡くなられた方を前にすると自分自身の「死」についても意識せざるを得なくなります。
『おくりびと』では山崎努、本木雅弘が演じる「納棺師」の冷静でありながら、亡くなられた方や遺族に対する温かさみたいなもの(よい言葉が思いつかない)が印象に残りました。
私自身、ご遺族に対して冷静さを保ちながら、冷たさを感じさせないような対応はできるんだろうか、と悩んだことがあります。病棟で亡くなられた場合は、それまでの経過の中で家族の方とのかかわりもあるのですが、救急車で運ばれてそのまま亡くなられる場合は、いきなり御遺体と対面するような感じがありました。病院に付き添ってこられた家族の方の様子を見ながら対応するのですが、家族の方とも初めてお目にかかることが多いので、悩みながら対応していました。
『おくりびと』に出てくる納棺師の所作は本当に美しいものでした。落ち着いた美しい所作は、遺族に安心感を与えるのだろうと思いました。死後の処置は遺族の方のための処置でもあるのだという思いを改めて強く持ちました。
(執筆者|元民間病院の看護師)
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- 2009-08-09 02:31:49
- 新人だった頃
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カテゴリタグ: ナースのひとりごと
私は在職期間が4年余りしかない「へたれナース」ですが、やはりこの仕事が好きらしく何とか現場に復帰できないものかなあと思っています。
先日、看護学生時代の友達と一緒に食事会に行ってきました。そこで、新人の頃の思い出話などをしてきました。
新人の頃というのは本当に何もできない、何も分からない。先輩の金魚のフンみたいなものだったなあと思います。専門学校出身の子は、割と即戦力になるんです。でも私は医療短大だったので、理論を中心に学んできていて技術はさっぱりダメな訳です。
そして生身の患者さんを目の前にしたときに、一番最初に感じるのは「恐怖」なんですね。自分は、この方の何を分かっているのか?そして指示されても、とっさには動けない。もう表情は見事に固まっていたものと思われます。
私「あの○○さんが胸が苦しいと言ってるんですが…」
先輩「心電図とって」(即答)
し、心電図は、どこにあるって教わったかなっっっ。確か、回復室だよな。でも、心電図ちゃんととれるかな。どうしよう、どうしよう、どうしよう。あ、そういえば、もう一人の先輩は以前勤めていた病院で循環器内科だって言っていたはず!聞いてみよう!
なんてことをしている間に、もう患者さんの症状は治まっていたり、逆にもっと大変なことになっている可能性もあるんです。
こんな感じで、本当にダメダメナースだったんですが、一つだけ自分の中で決めていたのが「病棟では泣かない」という変なルールでした。同じ病棟には同期が他に二人いたんですが、申し送りの要領が悪いとか、あとは患者さんの急変の後、動揺してしまってという風に二人とも一度は泣いている。じゃあ、私は泣かなかったのかというと、そうではなくて、寮に帰ってから大声で泣いていたことが何度もあります。二年目に入った頃、先輩たちにその話をしたら「嘘でしょう~~!」なんて言われましたが。
新人の頃、言われたことで印象に残っているのは「要領よく、早く仕事をしようと思うな」ということでした。経験を重ねていくうちに要領のよさは自然と身に付いていくのだから、まず「正確に」ということを一番に考えなさいということです。
そして「仕事は早ければいいというものではない」ということ。これは人相手の仕事なので、処置などは早いにこしたことはないんですが、話を聴くことなどには時間をかけなくてはいけないよ、という意味だったと思います。
仕事に慣れるにつれて恐怖感というのは徐々に薄れてはいくのですが、薄れすぎるのも考え物だなと思います。本当に、ちょっとした気のゆるみというものがミスにつながったりする。医療ミスというと、医師の方が大きく取り上げられているような気がするのですが、一番患者さんの身近にいるのはナースなんですよね。そしてナースは「最終施行者」になることが多い。投薬にしても輸血にしても、それまでに何回もチェックは通り抜けてはきているけれど、最終的にそれを行うのはナース。だから点滴をするときなど、本当に毎回、怖いなあ、と思いながらしていました。
いつ現場に戻れるかは分からない。でも、戻ってもこれだけブランクがあれば、また新人、いや新人以下かもしれない。それでも、戻りたいと思うのは、それだけ看護にかかわる仕事が好きだからだと思います。
(執筆者|元民間病院の看護師)
先日、看護学生時代の友達と一緒に食事会に行ってきました。そこで、新人の頃の思い出話などをしてきました。
新人の頃というのは本当に何もできない、何も分からない。先輩の金魚のフンみたいなものだったなあと思います。専門学校出身の子は、割と即戦力になるんです。でも私は医療短大だったので、理論を中心に学んできていて技術はさっぱりダメな訳です。
そして生身の患者さんを目の前にしたときに、一番最初に感じるのは「恐怖」なんですね。自分は、この方の何を分かっているのか?そして指示されても、とっさには動けない。もう表情は見事に固まっていたものと思われます。
私「あの○○さんが胸が苦しいと言ってるんですが…」
先輩「心電図とって」(即答)
し、心電図は、どこにあるって教わったかなっっっ。確か、回復室だよな。でも、心電図ちゃんととれるかな。どうしよう、どうしよう、どうしよう。あ、そういえば、もう一人の先輩は以前勤めていた病院で循環器内科だって言っていたはず!聞いてみよう!
なんてことをしている間に、もう患者さんの症状は治まっていたり、逆にもっと大変なことになっている可能性もあるんです。
こんな感じで、本当にダメダメナースだったんですが、一つだけ自分の中で決めていたのが「病棟では泣かない」という変なルールでした。同じ病棟には同期が他に二人いたんですが、申し送りの要領が悪いとか、あとは患者さんの急変の後、動揺してしまってという風に二人とも一度は泣いている。じゃあ、私は泣かなかったのかというと、そうではなくて、寮に帰ってから大声で泣いていたことが何度もあります。二年目に入った頃、先輩たちにその話をしたら「嘘でしょう~~!」なんて言われましたが。
新人の頃、言われたことで印象に残っているのは「要領よく、早く仕事をしようと思うな」ということでした。経験を重ねていくうちに要領のよさは自然と身に付いていくのだから、まず「正確に」ということを一番に考えなさいということです。
そして「仕事は早ければいいというものではない」ということ。これは人相手の仕事なので、処置などは早いにこしたことはないんですが、話を聴くことなどには時間をかけなくてはいけないよ、という意味だったと思います。
仕事に慣れるにつれて恐怖感というのは徐々に薄れてはいくのですが、薄れすぎるのも考え物だなと思います。本当に、ちょっとした気のゆるみというものがミスにつながったりする。医療ミスというと、医師の方が大きく取り上げられているような気がするのですが、一番患者さんの身近にいるのはナースなんですよね。そしてナースは「最終施行者」になることが多い。投薬にしても輸血にしても、それまでに何回もチェックは通り抜けてはきているけれど、最終的にそれを行うのはナース。だから点滴をするときなど、本当に毎回、怖いなあ、と思いながらしていました。
いつ現場に戻れるかは分からない。でも、戻ってもこれだけブランクがあれば、また新人、いや新人以下かもしれない。それでも、戻りたいと思うのは、それだけ看護にかかわる仕事が好きだからだと思います。
(執筆者|元民間病院の看護師)
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- 2009-08-06 21:33:13
- IT談話室 No,2 ~Information Technology インフォメーション・テクノロジーとは~
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カテゴリタグ: IT談話室
それでは、ITを利用することによってどのようなメリットがあるのでしょうか?
・資源の削減
ITが普及する以前、情報を記録するには紙媒体などを頼るしかありませんでした。
当然、それを文書として保管するためにロッカーや倉庫といった広い場所が必要となります。
IT化を行うことで、それらの情報が一辺数十センチのコンピュータの中にテキストや画像といったデジタルデータとして保存することが可能です。
・情報の加工性の向上
デジタル化したデータは、ITを使って様々な加工をすることができます。
手書きの時代では書類の切り貼りをするくらいでしかありませんでした。
ITを使うと、大量のデータを集計してグラフ化して印刷するなどのことが、簡単に、しかも正確に行うことが可能です。
・時間の削減
IT普及以前の時代には、膨大な書類の中から目的の情報を探し出すことがいかに大変であったかは想像できると思います。
ITは短時間で目的の情報をすばやく取り出すことができると同時に、情報の修正や削除も一瞬にして行い、業務の作業効率を向上することができます。
また、昔は遠く離れたコンピュータにデータを送るために、記録媒体(テープやディスク)を運搬していました。
現在ではITを利用しますので、瞬時にデータを送ることが出来ます。
・迅速な対応
現場に行かずして、コンピュータに入っているソフトウェアの更新が可能となります。
従って不具合を抱えている時間が大幅に短縮させる効果があります。
時はカネなりの現代にITは必須な技術といってよいでしょう。

ITの一つに「インターネット」というコンピュータ機器間のデータ受け渡しを実現する技術があります。
元来、インターネットは遠く離れたコンピュータにデータを送ったり受けたりする目的で開発されました。
しかし、社内に私的なネットワークを設置することによって、社内コンピュータ同士でデータの受け渡しができるようになり、社内のコンピュータ間でデータを共有しながら業務を行うコンピュータシステムを構築することができるようになりました。
このような目的で設置されたネットワークを一般的な「インターネット」に対し、「イントラネット」と呼びます。
e-健診もこの「イントラネット」を利用したシステムです。
(株式会社イーメディカ システム開発部 テクニカルディレクタ 中村英一 著)
・資源の削減
ITが普及する以前、情報を記録するには紙媒体などを頼るしかありませんでした。
当然、それを文書として保管するためにロッカーや倉庫といった広い場所が必要となります。
IT化を行うことで、それらの情報が一辺数十センチのコンピュータの中にテキストや画像といったデジタルデータとして保存することが可能です。
・情報の加工性の向上
デジタル化したデータは、ITを使って様々な加工をすることができます。
手書きの時代では書類の切り貼りをするくらいでしかありませんでした。
ITを使うと、大量のデータを集計してグラフ化して印刷するなどのことが、簡単に、しかも正確に行うことが可能です。
・時間の削減
IT普及以前の時代には、膨大な書類の中から目的の情報を探し出すことがいかに大変であったかは想像できると思います。
ITは短時間で目的の情報をすばやく取り出すことができると同時に、情報の修正や削除も一瞬にして行い、業務の作業効率を向上することができます。
また、昔は遠く離れたコンピュータにデータを送るために、記録媒体(テープやディスク)を運搬していました。
現在ではITを利用しますので、瞬時にデータを送ることが出来ます。
・迅速な対応
現場に行かずして、コンピュータに入っているソフトウェアの更新が可能となります。
従って不具合を抱えている時間が大幅に短縮させる効果があります。
時はカネなりの現代にITは必須な技術といってよいでしょう。

ITの一つに「インターネット」というコンピュータ機器間のデータ受け渡しを実現する技術があります。
元来、インターネットは遠く離れたコンピュータにデータを送ったり受けたりする目的で開発されました。
しかし、社内に私的なネットワークを設置することによって、社内コンピュータ同士でデータの受け渡しができるようになり、社内のコンピュータ間でデータを共有しながら業務を行うコンピュータシステムを構築することができるようになりました。
このような目的で設置されたネットワークを一般的な「インターネット」に対し、「イントラネット」と呼びます。
e-健診もこの「イントラネット」を利用したシステムです。
(株式会社イーメディカ システム開発部 テクニカルディレクタ 中村英一 著)
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